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10年くらい前に…
横浜の外人墓地にある教会で
一人の男性と出逢いました。

その時、私は度々横浜で
ピラティスコーチ認定ワークショップ講義&検定を担当していました。

たまたま、ポッカリ空いた時間に
元町を歩き、
外人墓地のあたりで見つけた教会に
入りました。

この男性と
どんな感じで話を始めたのか
覚えていませんが
柔らかな雰囲気を持つ方だったことは
覚えています。

確か、会社経営をしていたのだけど…
訳アリで今、
旅をしていると話されていました。

私が
聖母マリアのメダイのペンダントをしていたので
自然とその話になったのだと思います。

その後、
ご丁寧にお礼状をいただきましたが、
特に連絡はしませんでした。



自分の過去の手帳を整理していて
久しぶりに手紙を見つけました。


手紙を読むと
畏れ多くも 運命の話をしたようですが

おそらく、、、
どんな賢者にも(不可抗力な)
潮の満ち干きはある。(言い換えるなら)
人生には季節だってある。
だから私は…などと、
自分のつたない人生観を
話したのだろうと思います。


また、再スタートをきる勇気が沸いた…と
話されていましたがどうされてるかな?




あの方に
神のご加護がありますように✨

今度は素晴らしい方々に囲まれていますように。


そして。

「あの時」が 巡り巡って今の私に力をくれました。

横浜に久しぶりに行きたくなりました。

歩いてみようかな。



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2007年。
私は初めて大学受験しました。
その時、41歳。

色々あって、本当にあって。
一大決心した年。

少しずつ、
皆さまにお話し出来たらと思います。
私のこの体験で
行きたかった大学に受験するため、
大検に挑戦し、短大入学、
そして卒業を果たした女の子もいました。

既存のルート以外にも道はある。
形はあるようで
実はないのかもしれない。

決して
スムースではなかった私の冒険話で
あなたにブレイクスルーのための力が
沸いてくれたら本望です。




2007年は受験を決意した年なのだけど
その年の手帳は
我ながら面白いの。

「抜け毛が多くてブルー」
「何かが違う。このままじゃいけない。」
「時間がなくなる前に方向転換したい」

「積み上げていく仕事、将来に繋がっていく仕事は投資。その場限りの仕事は消費」等々。

手帳に
想いや気になった言葉の書き込みがある。

皆さんは如何でしょうか?

私の2007年は かなり孤独で
苦しかったはずなのに
今振り返れば、
なかなか良い年と思えます…
今となれば。


母は41歳の時に自死していて
2007年は私が
母の年齢を越える年だったので
その節目に
家族の故郷である九州へ父と旅しました。
その記録も手帳には書かれています。

母が生まれ育った町、
久しぶりに叔母に会い、
母が預けられていたお寺にいき、
ご高齢の住職さんに
母の幼少の時の様子を聴いたりしている。
幼い私を育ててくれた町にも行った。
母のルーツを知り、
母を心から理解しようと思ったから。


私の中で
ひとつの区切りがついて…


旅の後、
私は同志社を受験することになったのです。


つ づ く〔?〕(*´ω`*)



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