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昔。

フィットネスインストラクターの
認定資格を取得した頃の自分は
今思えば、
面白い奴だった。

子育て中で
同居していた姑、舅、義理の妹に言えず、
エアロビクス 💃💃💃の練習は
バレないように近所の公民館の裏でやってた。
夫の帰宅は常に12時を過ぎたていたので
子供を寝かして こっそり練習してた。

バイトでガスの検針もしてた。
勉強するには お金がかかるもん。
からだを壊し、
体力がなかったので
リハビリ トレーニングにちょうど良かった。

取得までの半年間は
布団で寝れなかった。

学科の勉強は自分でやれ(!)と
言われていたので、
アホを自覚していた私は焦って
必死に勉強してた。
隅々読むという、
なんとまあ…愚直な方法で。

認定試験を受験する直前にやっと 姑に白状した。(笑)
子守りしてもらわないと
愛知から大阪まで試験を受けられない。
三日間も留守するから。

初めて娘と息子を預けた。

試験合格出来た時のことは あまり覚えてないなぁー
栄光はすぐに忘れる。今も。

その後々、
仕事に繋げるために色々、策を練っていた。
人と違うルートを選ぼうと決意した。
自分は子育て中だということを 軸に活動しようと決意した。
これを疎かにしたら一生後悔する。
何のための仕事だったのか、見失う。

だからといって、
子育て中を理由に
養成を休んだりしたことなかった。
なのに、
家族を言い訳出来るよね、と同期に言われた。
(言った本人が 苦しんでいたゆえの失言だと思う)
なんだ、その先入観と思ったけど
だからといって張り合う気もなかった。
わからない人にはわからんのじゃ。

子育てが本業中の時だから。
華やかでなくていいと思ってた。
回り道を選んだから、
出遅れてるとも言われてた。
体力がない、不器用なので
少しずつ仕事を増やしてペースを作った。

サークルは当時、珍しかったから
「自分だったら、
こんなサークルに行きたいなー」
的なiアイディアのみで勝負。
後は主婦の勘なのさ (節約の)

案内は手描き(超アナログ)
ポスティングは一万軒は軽くしたぜ。
ベビーカーをひいて。娘と歌いながら。

いやー懐かしいなぁ。
過去の自分の選択は
これだけは良かったと思える。
他はダメダメだけど。

昔から強いのか?と聞かれることがある。

なんて、答えたらいい?(笑)

多分、
何も知らなかったのだろうと思う。
みてくれ より
実をとるタイプなのだろうと思う。
だから、相変わらず、格好悪いよね(笑)

当時の私が 今の私にハッパをかける。

こだわるな、こだわるな。
目線を変えよ。

遠くをチラッ✨と見て
近くに集中せよ。

思考は
課題を見つけ、
目標を設定することのみに活用しよう。
後は本能じゃー

初心にかえる っていいなぁ~

そこにまだ、鉱脈があったんだよねー✨
全然、掘削していなかった❗❗❗

長い時間かけて
大きな螺旋を描いて
また、戻ってきた感じです。

でも、景色が変わった❗
同じところだけど
高さが違うからだよね。

夢まで後、少し。
楽しくなりました。

地道に行こう✨

〔木村拓哉さん主演の映画「HERO 」の中で使用されていた健康グッズ「トルネ8」の開発に携わっていました(*´ω`*)〕


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2007年。
私は初めて大学受験しました。
その時、41歳。

色々あって、本当にあって。
一大決心した年。

少しずつ、
皆さまにお話し出来たらと思います。
私のこの体験で
行きたかった大学に受験するため、
大検に挑戦し、短大入学、
そして卒業を果たした女の子もいました。

既存のルート以外にも道はある。
形はあるようで
実はないのかもしれない。

決して
スムースではなかった私の冒険話で
あなたにブレイクスルーのための力が
沸いてくれたら本望です。




2007年は受験を決意した年なのだけど
その年の手帳は
我ながら面白いの。

「抜け毛が多くてブルー」
「何かが違う。このままじゃいけない。」
「時間がなくなる前に方向転換したい」

「積み上げていく仕事、将来に繋がっていく仕事は投資。その場限りの仕事は消費」等々。

手帳に
想いや気になった言葉の書き込みがある。

皆さんは如何でしょうか?

私の2007年は かなり孤独で
苦しかったはずなのに
今振り返れば、
なかなか良い年と思えます…
今となれば。


母は41歳の時に自死していて
2007年は私が
母の年齢を越える年だったので
その節目に
家族の故郷である九州へ父と旅しました。
その記録も手帳には書かれています。

母が生まれ育った町、
久しぶりに叔母に会い、
母が預けられていたお寺にいき、
ご高齢の住職さんに
母の幼少の時の様子を聴いたりしている。
幼い私を育ててくれた町にも行った。
母のルーツを知り、
母を心から理解しようと思ったから。


私の中で
ひとつの区切りがついて…


旅の後、
私は同志社を受験することになったのです。


つ づ く〔?〕(*´ω`*)



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